具体描述
科挙によって穿たれたエリート階層への道筋。しかしその道は今日の学歴社会と同様、科挙合格者を出す階層のエリート再生産システムによって世代継承されるものでもあった。族譜や文献の詳細な分析で示す、ユニークな歴史解釈。
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まえがき
中国の歴史に多少なりとも関心のある人ならば、科挙と呼ばれる制度について何がしかの知識を持っておられるだろう。隋代に起こり清代の末期まで、実に1300余年の長きにわたって実施された官僚選抜制度であり、高校の世界史の教科書にも必ず登場するものだ。歴史に関心がなくとも、例えば現代の中国における受験競争の過熱ぶりを伝えるニュースなどで、その歴史的背景のひとつとして言及されるのを耳にする機会もあるかもしれない。それほど科挙は、中国の伝統社会を特徴づける制度として人口に膾炙してきた。しかしその制度に比べ、制度下に生きた人びとの実態については、あまり知られていないようだ。
世襲によらず、ほぼ全ての階層の男性に受験資格が与えられる試験によって、国政を担う高級官僚を選抜する科挙は、同時期の他の世界に類例を見ないその開放性に特徴がある。それゆえ、この制度がもたらす階層流動性に対する研究者の関心は大きく、科挙官僚が政界の主流となった宋代以降については、既に少なからぬ研究の蓄積がある。本書序章で詳述するように、その階層流動性はかなり限定的であり、特に科挙が学校制度を包合して整い、応試者が量的に拡大する明代の半ばから清代にかけて、科挙の合格者は特定の家系に集中し、事実上の「世襲」傾向にあったとする議論が、現時点では優勢である。
では、人びとのどのような行動が、制度の階層開放性を低下させたのだろうか。本書は、明清期に代々科挙合格者を輩出し続けたある家系を対象に、彼らが残した家系記録である族譜から得られるデータの統計分析と、伝記や年譜あるいは地方志などの文献資料の記述とを総合して、科挙合格者が再生産されるメカニズムの解明をメイン・テーマとする。
第1章は主な資料とする族譜の資料的な特性について述べる。族譜はヨーロッパの教区文書や日本の宗門改帳と並んで、近代以前の社会においては稀少な統計分析が可能なデータを得られる資料として、歴史人口学などの分野で注目されてきた。しかし、日・欧の資料とは異なり、女性や下層成員のデータの欠落が欠点として指摘されている。このような性・階層によるデータの差異は、成員の顕彰という族譜本来の編纂趣旨に基づくものであり、その特性に適った利用が求められる。この点、前近代中国で最も顕彰に値する事績とされた科挙合格者たちに関して、族譜は豊富なデータを提供してくれる。
族譜情報のデータ化と統計分析に方法は、第2章に詳しい。科挙地位の継承度はオッズ比で表わされる。測定値には「カイ二乗検定」などの検定を加えて測定結果が充分な有意確率で実証され得るかどうかを確認し、どのようなファクターが次世代の科挙合格に統計的に有意な差をもたらしたのかが決定される。
続く第3~5章では、明清期に代々科挙合格者を輩出した江蘇省常州の一族を事例として分析の実際を示している。父・祖父からの地位継承度の強さ、母や姉妹の重要性は、統計分析を経て明確に実証された。また、文人画家の祖父や父を持つ息子の合格率が有意に高い。このような統計分析の結果を導き手として、族譜や地方志の記述資料を探索すると、そこには家系に継承されたさまざまな「文化資本」と、それら「資本」の時宜に適った戦略的な「投資」の様が浮かび上がって来る。よく知られているように、「文化資本」は現代フランスの社会学者、ブルデューによる文化的再生産理論の中核をなす概念だが、儒学古典の教養と詩文作成能力という、まさに文化的優位性によって選抜された科挙エリートたちの分析にも有用な概念であると思われる。
第6章では、科挙エリートたちと異なる「文化資本」を継承した階層として、19世紀初頭より地方に台頭した在地エリート層について、やはり常州の事例をとりあげる。彼らは地域における災害救援、水利などのインフラ整備などの公益活動を積極的に担い、これら「善挙」と呼ばれた活動を足がかりに地域の名望家としての地位を確立して行く。彼らの活動は、城内に居住する科挙エリート層に対抗的な「郷居慷慨」、すなわち郷村に居住し、世の中の不義・不正に憤るというハビトゥスと共に、家族の間で継承され、やがて清代末期には地方における政治・文化を主導する勢力として成長する。ここでは、受け継いだ「文化資本」であるハビトゥスが正統文化を相対化し、固定化した階層ヒエラルキーを流動化すべく「投資」されており、「文化資本」は階層を固定化する作用のみを持つとは限らない事例が提示される。
科挙は朝鮮、ヴェトナムなどアジアの近隣諸国で採用されたばかりでなく、宣教師たちによってヨーロッパにも伝えられ、近代のエリート選抜制度の成立に少なからぬ影響を与えた。科挙はいわば世界大に拡がった現行の、公開試験による選抜制度の淵源といえるものである。その制度下において、人びとがどのようにふるまい、どのように制度を変貌させていったのか。ひとり中国のみならず、世界史の貴重な財産として私たちみなが共有すべき歴史的経験であると思う。本書がその共有の一助となれば、望外の喜びである。
本書は2008年3月に立教大学に提出し、同年9月に博士(文学)の授与を受けた学位申請論文に若干の加筆修正を行ったものである。各章のうち、既発表部分の初出は以下の通りであるが、いずれも学位申請論文としてまとめるに際して大幅な修正を施しているため、本書収録のものとは別の論考として参照していただきたい。
作者简介
倉橋圭子(くらはし けいこ)
1957年東京都生まれ。1998年放送大学教養学部卒業後、お茶の水女子大学大学院人間文化研究科(博士前期課程)修了。2008年立教大学大学院文学研究科(博士後期課程)期間満了退学。博士(文学)。現在、立教大学非常勤講師。専門は中国社会史。
主な論文に、「近代宗譜考」『系図が語る世界史(シリーズ歴史学の現在8)』(2002年、青木書店)、「明清期『世家』の形成と女性の役割」(『お茶の水史学』50号)、「科挙エリートの再生産」(『史苑』第69号)などがある。
目录信息
序章─社会的流動性と文化資本
第1節 科挙エリートの階層流動性
第2節 科挙と文化資本
第1章 歴史資料としての族譜
第1節 はじめに
第2節 族譜簡史
第3節 清代の族譜─『?氏家乗』を例として
第4節 民国期の族譜─『毛氏宗譜』を例として
第5節 小結─族譜の特性と利用可能性
第2章 科挙エリートの再生産─分析方法について
第1節 はじめに
第2節 常州「科挙世家」と合格者クラスター
第3節 継承度の測定とその方法
第4節 小結
第3章 科挙エリートの再生産─父系による文化資本の継承
第1節 はじめに
第2節 父・祖父からの地位継承度の統計測定
第3節 家塾の教育
第4節 督課の習慣
第5節 家学の形成と伝承
第6節 小結
第4章 士人と文人の間─文人画家と科挙エリートの再生産
第1節 はじめに
第2節 「文人」と「士人」
第3節 画家の父・祖父を媒介とした科挙地位継承の統計的測定
第4節 ?家「家法」と「南田後人」
第5節 順天府寄籍受験
第6節 小結
第5章 科挙エリートの再生産と女性の役割
第1節 はじめに
第2節 統計的測定
第3節 教育の担い手として
第4節 「家学」「家法」の継承者として
第5節 階層によるハビトゥスの違い
第6節 順天郷試受験と姻戚
第7節 小結
第6章 在地エリートの台頭
─19世紀常州の善挙の担い手たち
第1節 はじめに
第2節 郷賑の始まり
第3節 「郷居」「慷慨」の善人たち
第4節 善堂への結集
第5節 行政職となった「董事」たち
第6節 小結
終章 結論と展望
あとがき
主要参考文献
索引
· · · · · · (收起)
读后感
用户评价
阅读过程中,我被作者那种近乎考古学家般的严谨态度深深折服了。他似乎对每一个被提及的人物、每一个引用的文献都进行了地毯式的梳理和交叉验证,让你完全不用担心其中是否存在任何经不起推敲的“穿凿附会”。书中对社会结构变迁的分析,并非那种泛泛而谈的宏大叙事,而是通过大量微观个案的剖析,将复杂的历史脉络层层剥开,清晰地呈现在读者面前。这种由点及面的叙事手法,极大地增强了论证的说服力。我特别欣赏作者在处理那些争议性话题时的平衡感,他既没有完全偏向某一方的解读,而是尽可能地呈现不同学派的观点,引导读者进行独立思考,而不是简单地接受既定结论。这种不预设立场的学术态度,在当今的学术著作中实属难得。
这本书的装帧设计简直是一场视觉盛宴,深色的主色调搭配烫金的书名,透露出一种沉稳而又不失高贵的气息。拿到手中,纸张的质感非常棒,那种略带粗粝感却又触感温润的触感,让人联想到历史的厚重。尤其是封面上的纹饰,似乎蕴含着某种古老的符号学意义,每一次翻阅都像是在进行一次对古代艺术的鉴赏。我尤其喜欢它在章节标题排版上的用心,那种工整而不呆板的字体选择,让阅读的体验从一开始就充满了仪式感。可以看得出,出版方在制作这本书上投入了巨大的心血,它不仅仅是一本书,更像是一件值得收藏的工艺品。这种对细节的极致追求,无疑提升了阅读的整体愉悦度,也间接肯定了书中内容的价值——毕竟,只有真正重要的文本,才值得如此精致的“外衣”。光是看着它摆在书架上,就觉得整个房间的文化气息都提升了一个档次。
这本书最让我感到惊艳的,是它在叙事节奏上的把握。尽管内容是关于社会结构和精英阶层的固化与流动,主题相对严肃,但作者却成功地注入了引人入胜的故事性。他擅长选取那些具有戏剧性转折的关键历史事件,将那些抽象的社会力量具象化为鲜活的人物命运。你会看到某个家族如何在时代洪流中崛起、衰落,他们的每一次决策背后所牵动的权力博弈与文化心理。这种“以人写史”的方式,使得原本可能枯燥的制度分析变得生动起来,让人仿佛置身于那个遥远的时代,亲眼见证历史的推演。这种叙事张力,成功地将学术深度与大众可读性巧妙地融合在了一起,让人欲罢不能,常常在不知不觉中读到了深夜。
坦白说,这本书的阅读难度是偏高的,它绝不是那种可以轻松“一目十行”的休闲读物。书中使用的专业术语和一些古奥的典故,要求读者必须保持高度的专注力。我常常需要停下来,查阅附录中的一些补充说明,或者回溯前几页的内容,才能真正理解某一句话背后的深层含义。然而,正是这种挑战性,带来了巨大的成就感。每攻克一个难懂的概念,每串联起一个复杂的社会关系网络,都让人有一种“拨云见日”的豁然开朗。它迫使你慢下来,用一种更具历史感的视角去审视事物,而不是用现代的快节奏去衡量过去。对于那些真正热爱历史研究、渴望深入钻研特定领域的读者来说,这本书无疑是一座需要耐心攀登的知识高峰。
我必须承认,这本书在提供深刻洞见的同时,也留下了许多值得后人继续探索的空间。作者在最后几章提出的某些假设,虽然逻辑严密,但似乎仍有进一步佐证的余地。这反而激发了我的好奇心,它没有试图给出所有问题的终极答案,而是像一个导师一样,指出了前方更深层次的迷雾所在。我合上书本时,脑海中充斥的不是简单的知识点回顾,而是更多的疑问和思考方向。这本书的价值,不在于它“告诉了我们什么”,而在于它“启发了我们去思考什么”。它成功地在学术界搭建了一个新的对话平台,促使读者站在巨人的肩膀上,去挑战和拓展已有的认知边界,这才是真正优秀的学术著作所应具备的特质。